今はとにかく自分の出来ることを明確にすべく、毎日のヒーリングと瞑想はかかせません。
ここ最近の瞑想の中では自分がすべき行動がはっきりと浮かんできます。
忘れていたような友人の顔が浮かべば、まず連絡を取ってみることにしています。
もう10年近くあっていない友人達。
ある時期をとても熱く一緒に過ごし、同じ時間を共有してきた友達。
人はそれを青春時代の思い出としたり若気のいたりと位置付けてみたり過ぎ去った遠い昔と割り切る努力をしたりするものです。
今日、僕が約10年振りに電話で話した友人は、とても有能な僕の右腕のような存在だった仲間です。
友達関係というものは、お互いに変わっていく時期に波長が合わなくなり、時に友達でいられなくなるような状態を体験することもあります。
前に進む為に、良いことからも悪いことからも離れなければいけない時なのかも知れません。
彼との会話は今とても必要な内容でした。
僕はもう一度、彼と会う必要があるのです。
彼は電話でこの様な事を僕に告げました。
「TOSHI君、あの時やっていた事は意味があったんだな~って違う仕事に就いた今、思うんだ。
あの頃、ガキだな~って思っていた連中がその同じ道でしっかりと根をはって歩いているのを知った時、何事も一生懸命生きてきた奴はやっぱり違うな~って思ったよ。
あの時、皆が集まっていたのは偶然じゃなくて必然だったんだな~って思ったんだ。」
彼は今、大きな病と闘っています。
その事も今日の電話で初めて知りました。
たとえ どんなに離れても必要な時に必ず出会うことを僕は知っています。
だから いつでも五感を研ぎ澄まし、今本当に大切な事をわかることが出来ると自分を信じてください。
ここに大好きな宮沢賢治の詩を引用します。
「雨ニモマケズ」
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい
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